遺産分割の協議をするうえで最も大切なことは、「争続」には絶対しないというお互いの強い思いやりと寛容を常に心に抱きつつ交渉していただくことです。実にスムーズな分割協議により、相続人である兄弟がその後も終生助け合って暮らしていかれる姿を拝見するのは、すがすがしいものです。
しかし、一方では4~5年もかけて、またはそれ以上かけて裁判に血道をあげているケースもあります。第三者が軽々しく言える立場にないのですが、その膨大なエネルギー価値が争っている財産価格以上になっていると分かっていても後にはひけなくなってしまうものです。それだけではありません。人を恨むというエネルギーは全部自分に跳ね返ってきます。
皆さんは、自分だけはこのようなことにはならないと自信をもっていますが、増加の一方をたどる調停件数が近年の分割事情を如実に物語っています。
そして次に大切なことは、遺産分割の仕方を工夫し節税を図ることです。
遺産分割にあたっては、まず相続人の範囲の確定と遺産の評価が必要です。前者についてはA4にて、後者についてはA6にてご説明します。
ここでは、遺産分割についての協議の進め方についてご説明します。
遺産分割にあたっては、居住用不動産は居住している者、事業用資産は事業を承継する者という現実の事情を考慮しなければなりません。例えば事業用資産を相続人の共有となれば事業休止という事態も起こり得ます。このようなことを極力防止し、かつ各相続人間の公平性も確保するための話し合いが遺産分割協議といえます。
お互いの互譲の精神が円満な遺産分割の基となります。
法定相続分と異なる遺産の分割は有効です。それは遺産の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活のその他一切の事情を考慮した上での公平性が求められるからです。
具体的には、遺産の場合の「種類及び性質」とは、不動産-建物-店舗-自らの営業用か賃貸用か、その敷地は所有地か賃借地か、賃借地の借地権は所有しているか、などの区別。また各相続人の場合の「事情」とは、被相続人の事業に長年従事し、被相続人の財産形成・維持に多大な貢献をしてきたとか重度の認知症だった被相続人を10年にわたって看護扶養してきた、などの寄与や被相続人の高齢な配偶者の生活は十分守れるか、などの配慮をいいます。
このように、遺産や各相続人の状況を考慮し自由に分割することができます。
(参考)寄与分と特別受益
(イ)寄与分が認められた場合の相続額
寄与分が認められた場合は、寄与者の相続額は次の計算式で算定します。
寄与者の相続額=(相続開始時の財産価格総額-寄与分価格)×相続分+寄与分価格
(ロ)特別受益を受けていた場合の相続額
相続人の中に被相続人から特別の利益(住宅資金の援助などの生計の資本の受贈、遺贈、婚姻や養子縁組のための支度金や贈与)は相続財産とみなして次の計算式で算定します。これを特別受益の持戻しといいます。特別受益の評価は相続開始時の時価でおこないます。
特別受益者の相続額=(相続開始時の財産価格総額+贈与額)×相続分-特別受益額
ただし、被相続人が遺言により、持戻し免除の意思表示をしたときは、特別受益とはならないが遺留分は侵害できません。
①現物分割
遺産を現物のまま「A銀行の預金は妻に」という分割の方法です。
②代償分割
共同相続人の1人又は数人が相続により遺産の現物を取得し、その者が他の相続人に対し債務を負担する分割の方法です。例えば、分割に適さない土地を1人の相続人に相続させることによって、代わりに相続分に満たない遺産を取得した相続人に対し債務を負担させバランスをとる方法をいいます。ただし、代償分割による債務の履行者は資産の移転を伴いますので土地・建物などの資産については譲渡所得税が課税されます。
③換価分割
共同相続人の1人又は数人が相続により取得した遺産の全部又は一部を換価しそれを分割する方法をいいます。
遺産分割の第一の目的である「争続」が防止できるという前提条件が整えば、次は節税対策を考えます。その主な方法を簡単にご説明します。
①夫婦のうち、一方が亡くなった(一次相続)とき、配偶者の相続(二次相続)の相続税を考慮して、一次と二次のトータルの相続税負担をシュミレーションして一次の遺産を上手に分割することです。配偶者が相当の資産を所有している場合には、配偶者が全く相続しない方が有利というケースもあります。つまり二次相続のときには適用がない「配偶者の税額軽減」の存在が相続税の算出上いかに大きいか、わかります。
②配偶者は現預金と居住用不動産を相続し、今後安心して暮らしていけるようにすると同時に現預金は贈与し易く二次相続対策となります。
③配偶者は課税価格の合計額のうち法定相続分相当額(1億6千万円に満たない場合は1億6千万)は税額軽減が受けられます。これを目一杯活用します。
たとえば、
④上記小規模宅地等の評価減は、宅地等の相続開始直前の状況や誰が相続するかによって評価減の割合が異なりますので、有利な割合を選択します。
⑤一つのまとまった土地は利用区分ごとに、かつ相続人の取得者ごとに評価しますので、租税回避のための不合理分割でなければその有利な分割を選択します。
⑥将来、不動産を売却する予定があるとき、居住用であれば譲渡所得の3,000万円の特別控除が受けられるので、売却する予定の相続人が取得し居住します。さらに所有期間10年超(相続により所有期間は引き継ぎます)の居住用財産は軽減税率の適用が受けられますのでその適用が受けられる分割を選択します。
⑦相続により取得した財産のうち譲渡所得の基因となるものを相続税の申告期限から3年以内に譲渡した場合には、相続税額のうち一定額を取得費として譲渡収入から控除できます。したがって土地などの譲渡が予定されている場合には、その取得費となる相続税が大きくなる分割を選択します。
申告期限までに分割できない場合は、民法による相続分により取得したものとして申告・納付しますがあまりにデメリットが多く、できれば避けたいものです。
①配偶者の税額軽減が適用されない。
②小規模宅地等の評価減が適用されない。
ただし、上記①②については申告期限から3年以内に分割ができ、適用要件をクリアした場合には更正の請求などにより税額が軽減されます。
③非上場株式の納税猶予が適用されない。
④未分割財産は物納できない。
⑤農地等の納税猶予の特例が適用されない。
⑥譲渡所得課税における相続税の取得費加算が3年を経過すると適用されない。