Q9.有効な方法

Q9.生前対策で有効な方法はないの?

A9.生前対策とは遺産をめぐる争いをいかに防ぎ、家族の幸せを願うかです。

(1)生前対策の必要性

生前対策というと、すぐに節税対策を思い浮かべますが、それは順序が違います。先ず第一に、打つべきは「争続」防止対策です。自分の子供たちが「争続」によって口もきかなくなることは誰しも望んでいません。それだけではありません。例えば子供のいない夫婦で夫に兄弟がいる場合に夫が全財産を妻に遺したい、あるいは全財産の大部分が居住用財産という場合も生前対策が必要になることがあります。そこで遺言や生命保険などによる生前対策が有効となるのです。

そして、第二に納税資金の準備対策、第三に相続税の節税対策です。

(2)遺言書の作成

資産に対する権利意識の高まりや高齢化などにより、遺産分割の話合いがなかなかまとまらないことは「分割調停」案件の急増が物語っています。特定の者に多く遺したい、相続人でない者に与えたいなどのような場合、自分の遺志を明確にしておく遺言書は自分の子供たちを「争続」に巻き込まないためには有効なものです。ただし、遺留分(A11③参照)を侵害しないよう注意が必要です。しかし、上記の子供のいない夫婦の場合は遺言書で「全財産を妻に相続させる」と明記しておけば、夫の兄弟は遺留分が認められていないことから全額を妻に遺せます。

また、「うちは財産が居住している土地・家屋だけだから・・・」といっても各相続人が法定相続分を主張したら大変なことになります。ここでも遺言書が有効になります。

(3)生命保険(生命保険契約に関する権利を含む)の活用

生命保険は受取人を指定しておけば特定の者に財産を遺すことができます。民法上は相続財産ではないので、遺産分割の対象になりません。居住用資産が主な財産である場合や事業用資産を事業承継者に遺したいが事業用資産以外にはそれほどの財産がない場合に、生命保険を活用し相続人への死亡保険金の受取りというかたちで遺産分割のバランスを図ることができます。さらに相続放棄をした人でも生命保険金を受け取ることができます。

ただし、受取人の範囲は限定され、保険会社の指定する親族までとなっています。

(4)信託の活用

「信託って財産の運用・投資?」と思いがちですが、平成19年に改正された新信託法は、少子・高齢社会に配慮した福祉型信託が創設され、財産の管理や承継が目的とされています。財産管理を信頼できる後見人に託したとしても、運用は必ずしも得意とはいえない場合に信託を活用するとより効果が期待できます。

「信託とは、財産を有する者(委託者)が受託者に対して財産の移転その他の処分をし、目的に従い、受託者が受益者のために財産の管理、処分等をすることをいう。」

信託された財産は受託者の名義となり、受託者の分別管理によって委託者・受託者の倒産の影響を受けない(倒産隔離機能)があります。詐欺などの事件に巻き込まれることも防げます。また自分亡き後の遺族のことやさらにその後までの財産管理・運用を実現できることが信託の機能です。

では、相続に関しての信託についてご説明します。


①遺言信託(信託法に基づく遺言による信託)

遺言によって財産は承継できますが、相続した財産を障害をもつ子や判断能力が不十分な配偶者等が管理することに不安がある場合に、遺言による信託を設定し生活の安定のために信託利益の給付を行うものです。遺言効力が生じるのは遺言者の死亡の時からです。遺言ではできない委託者亡き後の財産管理・運用が可能となります。

②遺言代用信託

言信託と同様の目的を達成できますが、生前に信託を設定し、死亡までは自己が信託した財産の利益を受け、死亡後に配偶者や障害をもつ子等を受益者として指定された者が受益権を取得または信託財産の給付を受ける権利を取得する定めのある信託をいいます。

③受益者連続信託

さらにその後の受益者、帰属権利者を指定することで、将来にわたって財産の承継を可能にします。

④特定贈与信託(相続税法第21条の4の特別障害者に対する贈与税の非課税規定)

特定贈与信託とは、特別障害者の親族や篤志家などが、信託銀行等に金銭、その他財産を信託し、特別障害者が特別障害者扶養信託契約に基づく信託受益権の贈与を受けた場合に、その契約締結の際に「障害者非課税信託申告書」を提出することにより、信託受益権の価額のうち6,000万円までは贈与税を非課税とする制度です。

(5)納税資金準備対策・節税対策

納税資金準備対策と節税対策は表裏一体として考える必要がありますが、いくつかの対策がありますので簡単にご説明します。

①暦年贈与

贈与税には毎年、基礎控除110万円の非課税枠があります。これを利用して、計画的に贈与していきます。贈与税率が310万円まで10%ですので、この税率の範囲内ですと妻と子供2人に10年間で合計9,300万円贈与できます。(贈与税は全員合計で600万円かかります。)ただし、相続の開始前3年以内に贈与を受けた財産は相続を放棄した相続人以外の相続人については相続財産に加算されます。

②相続時精算課税による贈与

特定の贈与者から贈与を受けた財産について、複数年の累積で2,500万円までは贈与税の特別控除枠を設けたもので、将来その贈与者が亡くなった時に贈与を受けた財産(贈与時の時価)を相続財産に合算し、算出された相続税額から既払い贈与税額を控除して精算するものです。この制度は相続時の合算価額が贈与時の時価ということで土地や株式のような資産の場合は価格の下落リスクを負います。

また、この制度を選択した場合は「暦年課税」は今後利用できなくなります。

受贈財産には不動産取得税や固定資産税等が課税されます。

③贈与税の配偶者控除

婚姻期間が20年以上の夫婦の場合、配偶者に居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与については、課税価格から2,000万円の配偶者控除が一回限りで受けられます。この特例には相続の開始前3年以内贈与の相続財産加算の適用はありません。①の暦年贈与と合わせると2,110万円まで非課税枠があることになります。

受贈財産には不動産取得税や固定資産税等が課税されます。

④生命保険の活用

A9の(3)でご説明しましたように、財産分割が難しい場合に生命保険は活用できますが、納税資金の準備や節税対策にもその目的に応じた活用ができます。

まず納税資金の準備ですが、一生涯死亡保障が続く終身保険(あるいは長期定期保険)をお勧めします。終身保険には保険料の払込が一定年齢または一定期間で満了する有期払込タイプと一生涯払い続ける終身払込タイプがありますが、必ず納税資金を準備するということからみて有期タイプが向いているといえます。

年齢や健康上の理由で生命保険に加入できない時は、個人年金保険を利用するとよいでしょう。

次に節税対策ですが、相続人が受け取った死亡保険金については非課税限度額として500万円×法定相続人数分があります。法定相続人が3人の場合、1,500万円が非課税ですので、単に預貯金としていた場合と比較すると最低税率10%としても150万円の節税ができます。また、本人が個人年金に加入し年金受取が開始されている時に相続が発生した場合、確定年金受給権の評価になりますが加入の仕方により大幅な節税ができます。

生命保険の加入に際しては、契約形態により相続税の対象になる「相続税型」と、所得税の対象になる「所得税型」があります。相続税と所得税の税率構造に留意して選択されるとよいでしょう。


⑤養子縁組の活用

養子縁組には特別養子と普通養子の2種類の制度があります。特別養子は家庭裁判所の審判が必要であり、実の親との親族関係は終了します。普通養子は未成年者(満20歳未満)を養子縁組する場合は家庭裁判所の許可を得る必要がありますが、自分または配偶者の子や孫を養子縁組する場合はその許可は不要です。また、実の親との親族関係は存続します。

さて、民法上は養子の数について制限はありませんが、相続税法上は法定相続人の数については、被相続人に実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までと規制されています。(相続税法上は、例えば実子または養子が相続開始前に死亡した場合に相続人になった実子または養子の子=代襲相続人を実子とみなすなどの規定があります。)

⑥非課税財産の生前取得による金融資産の減少

墓地、墓石、神体、神具、仏壇、仏具などの尊厳の維持にかかわるようなものは非課税とされています。ただし、骨董や投資の対象はこれらに含まれません。また、これらの取得に際しての未払金や借入金等の債務は相続財産から控除される債務となりません。

課税対象金融資産からの振替による節税対策です。生前に取得されるとよいでしょう。

⑦不動産の生前取得による財産評価の活用

相続財産を相続税の財産評価より低いものへ振り替えて節税対策を図るというものです。借入金でアパートなどの賃貸用不動産を取得し、賃貸不動産の評価が低いことを活用するケースがこれに当てはまります。最近は高齢化社会を反映して高齢者専用賃貸住宅(高専賃)が人気になりつつあります。その他、特別措置税制や自社株対策などがあります。

⑧自社株対策

自社株式の後継者への贈与や相続ついて、納税猶予制度が受けられる新事業承継税制は相続税に関しては平成20年10月1日から、贈与税に関しては平成21年4月1日から適用できますが、適用要件が厳しいところが難点です。基本的には、オーナー株主の自社株対策は、別会社、退職金、生命保険、種類株式、従業員持株会などを活用し、自社株の評価減やスムーズな事業承継を図りますが、会社によってケースバイケースでかなり複雑ですのでここでは割愛します。